最近この飯島真理の曲が頭の中でループしている
何もない空白の時間になると勝手に頭の中で再生されるので頭がおかしくなりそう
服部克久のインスト版もときどき流れてくる
インスト版になると急にギャルゲの日常BGMっぽさが出るような
天海陽香って今39歳くらいのイメージがある
バーチャルな存在の筈なのに!
アイドルマスターの新しいキャラクターが次々現れるたび彼女の時間が後ろに追いやられているような錯覚
ツイッターのタイムライン上で彼女のイラストをずっと見ていない(流れてこない)というのもある
キャラクターも神と同じで、信仰によってのみ存在を保ち続けることができる、やね
上海アリスのCD曲を聴いていると、目を閉じていても勝手に視覚的なイメージが脳内に浮かんでくる
聴けばいつでも狂うことができてありがたい

なんかもう
全てが崩壊しつつある
崩壊しつつある感覚がずっと続いている
崩壊を止めなければという思いで色々な物を買ってしまった
今少し呼吸できるようになってきたのでそれを少しずつ眺めてじっとしている
やはりゲームはおもしろい マンガもアニメも全部おもしろい
おもしろい瞬間だけ時が止まっているような気がして良い
つまらない作品もだんだんつまらなさ自身が面白さに裏返っていく感じがおもしろい

のどやかな空

まゆげ

夜

鳥

あ

う

うなぐ

石

キョワーッ
To Heartのリメイク版をちまちまプレイしている

サウンドノベル形式でやれるのは良い チープな3Dモデル(テクスチャの問題だと思うが)がグワっと全面に表示されるのを避けられるので
キャラクターの声は前作そのまま(レガシー)と新録(モダン)とで聴き比べすることができるがモダンの声は外連味のあるアニメのためにデフォルメされた声という感じで癖が強いように感じた
レガシーの声に慣れ過ぎていたせいかもしれない 親が最近のアニメの声は媚びすぎていて気持ち悪い、視聴者に媚びるなと言っていたのを思い出した
レガシーの声は本当にみんな良い 久々に聞いたら魂が震えたぜ
リメイク版が発表されたときは内心なぜ?と思っていたが
今は普通に出してくれてありがとうという気持ち さようならアクアプラス ありがとうアクアプラス
色々あってハワイに行くことになった
ハワイ、行きたくなさ過ぎる
ハワイよりもう一回九州に行きたい
北海道か東北でも可

もう6月が半分終わってしまう
やれてないことが多すぎる
散財1

コミティア152へ行ってきたぜ
前回同人イベントに参加したのが小学生(!)の時なのでなんと十ウン年振りのイベント参加じゃ


戦利品 目当ての物の6割はgetできてる筈、多分
コミティア会場を歩き回っている時より前日のサークルチェックをしてるときの方が楽しかったかも
サークル主とかのSNSをチェックしてこんな人も居るのかー世界は広いぜーなどと夢中になっていたら徹夜してしまった
これくらい描けたら楽しいだろうな、と戦利品を眺めながら思う
人が多すぎてウッとなる場面はあったが、行って良かった また一般参加したい
散財2
iPad Pro & Apple pencilを買った
完全にコミティアの熱量に当てられてしまいました 購入してしまったからにはもっと絵を描いていきたい……うまくなりたいぜ

ざっくり描いた いつものルーミア
もっと線で絵を描けるようにならないと自由になれない気がする、とコミティアの戦利品を眺めてなんとなく思った
線、難しすぎる
散財3

Switch2を購入
3回目の公式の抽選で当たったぜ
自宅のモニターは小さいので、研究室のモニターを勝手に使って遊んでいます
マリオカートは3DSのものを適当にプレイしてから触ってなかったので久々じゃ
で、マリオカートワールドは、**あまりにも難しい**
適当にキャラ・マシンを選んで適当にプレイすると、カーブを曲がり切れずに何度もコースアウトする コースアウトするとアイテムを失う仕様なので、逆転とかもできずにそのまま破滅する
レースゲームとして普通の事だとは思うが、マリカはパーティゲームだと思いこんでいたので面食う(自分が下手すぎるだけ)
おそらく繰り返しコースを走って慣れておかないとまともに走りきることすらできない
が、何度も練習して走り方のコツをつかんでくると途端に面白くなってくる
粛々と自分のスキルを磨きんさい、ということやね
研究も、絵も、ゲームも全部同じだ

深夜の研究室ならアニメを大音量で鑑賞できることに気づいた今日この頃
今すごいペースでアニメを観ています
アニメを観るために研究室に行っているまである
最近ギャルゲのPVがよくyoutubeのおすすめに上がってくるので見ていたのだが
儂がオッと思うやつにはどれも背景がちゃんと映り込んでいることに気づいた 背景はクリアであればあるほど良く、具体的・特徴的であればあるほど良い
背景を眺めていると、そこで生きているキャラクター達の記憶の残滓を感じることができて、嬉しい
対照的なpvとして常時キャラクターが抽象的な幾何学パターンやモチーフの中に浮いているものがあるが、あれは世界、土地とキャラクターがあまり結びつかず、ああ、こういうキャラクターなんですね、という感想にとどまってしまう
キャラクターたちがそこに居て、その土地・建築空間の中で彼ら彼女らが生きているんだ、という幻想に儂は萌えている節がある
キャラクターだけより土地が映ってるだけの方が萌えるかもしれない 儂の萌えの本質は土地と文脈にあるのだ(神話?)
そういう意味では新海誠のpvは割と好き
いくらなんでも演出に光を使いすぎだろ、とは思うが