わたモテ、冷蔵庫の裏

わたモテを最新話あたりまで読んだ 面白い群像劇じゃ
物語前半の孤独な学生生活パートと、後半の新しくできた友人達との群像劇のパートどちらも別種の面白さがある

主人公は、二年時の修学旅行をきっかけに友達ができていき孤独状態から脱却する 主人公視点の描写は少なくなり、主人公と主人公をとりまく友人達の群像劇へと変わっていく
世界の傍観者だった主人公が、世界に受容され同化していくプロセスを読者の儂は見届ける これを眺めているのは寂しい なぜなら、このプロセスは死のプロセスに近いから 面白いという感想とは別の軸で、自分に懐いている老いたぺットに対してああお前はもうすぐ死ぬんだなみたいな寂しい気持ちがこみあげてくる(物語というものはえてしてそういうものなのだが)

こういう高校生活の創作物を読むたびに自分の高校生活を思い返してしまう 昼飯は一人で食べ他人の会話をラジオ感覚で盗聴していた 高校で新しくできた数少ない友人W氏とは、ある日友達になって下さいと面と向かって言われ、よろしくお願いしますと握手をする儀式を通じて友人になった(この行動力が羨ましい) 高校生活でまともに会話をしたのは、W氏とリピリピちゃんを生み出したO氏、その友人M氏、部活のD氏、O氏くらいか 孤立無援な状態ではなかったし、いじめられるということもなかった そういう意味で儂は運がよく環境に恵まれていたんだなと思う

ノベルゲーム

ノベルゲームをもっとやりたいのう ノベルゲームもっとメジャになっても良くないか?と常々思っている せっかくスマホというノベルゲーに向いてるプラットフォームがあるのだからもっとあっても良いので和ないでしょうか

ネット麻雀

暇な時間があればネット麻雀をしている 

麻雀は良い塩梅で何も考えずに時間を捨てることができるためついついやってしまう 一度負けると勝つまでやろうかなと思いもう一度やる しかし一度負けると気が早くなるのか、意識していても振り込む確率が高くなる なので大抵一度負けると負けが連続してしまう(一度負けたらさっぱり意識を切り替えて別のことをやるべきなのじゃが)

ネット麻雀のランダム性にうんざりすることがあるが、このランダム性はゲーム内だけに縛られたランダム性だから気軽で、心理的にコストが少なくて済むので良い プレイヤが支払うのは生きている時間だけであり、ただ時間を消費したいという儂の欲求にぴったりはまっている

対極的なのは課金ガチャゲーのガチャが持つランダム性で、これは明確にカネと結びついている ランダム性の対価としてカネを支払うのがガチャの特徴で、このランダム性に再びカネを結びつけるとパチンコ(ギャンブル)になり、二次元のイラストとそれに伴うパラメータ(ゲーム内)を結びつけるとガチャゲーになる こういう意味でガチャゲーは社会的で現実的じゃ

儂はバイトもせず実家で親の脛をかじりながら茫洋と生きている屑なので、金に余裕などあるわけがなくあるのは時間だけである ガチャゲーを楽しむだけの余裕は無いし、金の不安を捨てるほどの度胸もない(当然、ガチャゲーではガチャを制限付きで無料で引くことができ、金を消費させる(ガチャを引かせる)ための魅力的な装飾をある程度楽しむことができるが……)

ふりかえり

一日を振り返ってみようと思う

 起きたのは9時くらいだったと思う 起きて鳥に餌をやる 餌やりはかれこれ10年以上やっているのでさすがに体が覚えている そう思っていたのだが、つい最近寝ぼけて餌やりを忘れ鳥たちに一日断食をさせてしまった(親は虐待だ屑だと何度か叫んでいた)おそらく儂はもう動物を飼わない方が良いだろうな 珍しく姉が飯を作っていたのでそれを食べた 姉は就活の為に浜松に戻ってきていたのだが、寝てるか、居間のテレビでアニメを見ている姿しか見たことがない ニートというものはこういうものなのかなあ 儂も早くニートになりたいのう 今日の朝飯がなんだったかは忘れた

 飯を食べた後、母親が新聞の切り抜きを読ませてきた 政治に儂が全く無関心なのを良く思っていないらしい 適当なところで読み終わったというと切り抜きの要約を言えといわれたので適当に喋った

 昼になり親から解放された儂は暇なので絵を描くことにした 絵を描くといっても、儂の場合は他人の絵を模写し、自己満足するというものである 他人の絵を少しばかり自分の手癖に直してみたりするのが関の山である まあそれでも描いてる間は面白く時間を潰せるから良いのだ いや、面白いのか?分からんが

 人脈が皆無なので誰とも連絡を取っていない SNSをコミュニケーションツールとして使ったことがない でも最近は大学から沢山メールがくるので嬉しい限りである などと思ってメールの通知を見たら、レポートの提出期限切れの通知だった 存在を忘れていた課題を提出した

 昼飯は小さなパンをふたつ食べた 最近食が細くなったように感じる しかも食べるとすぐにトイレに行きたくなる 今日はソフトクリームみたいなウンコが出た 体があまり自由に動かせない もうすぐ老衰かな……眠いのでもう寝る

憂鬱という言葉も、言葉の形も好き 手書きで書こうとすると画数が多く文字が大きくなってしまうが、スクリーン上だとぎゅっと統一されたサイズに調整され全体的にモジョモジョしているのが良い 

 涼宮ハルヒも東方も一見鬱の要素が何処に在るのか分からないが、鬱の香が微かに匂ってくる 涼宮ハルヒでそれを感じ取れるのは、ハルヒが最初で最後の内省を行うシーン 東方だと、死をテーマにした花映塚あたりがピークだろう 鬱でありながら、ヤケクソ的に、いや、鬱でありながら、その状態が普通であるかのように、何事もなく明るく振る舞ってるように見える 鬱のエネルギーを生命力に変換している そこで変換しきれなかった鬱の残り香を感じ取ることができる そういう作品が好きじゃ 不安定でありながら、刹那的な安定を切り取ったかのような、奇跡的なバランスによって、安定が保たれている状態 まさに職人技ニャキ