木を切る、らくがき

実家の木を切る手伝いをしていた ハシゴで屋根に乗って枝を切るというデンジャラスな経験ができてよかった 業者を呼べ

高所恐怖症なのでハシゴを上っているときの恐怖がヤバ過ぎた。怖すぎて涙腺が崩壊した。年を取って涙もろくなってきたからかもしれん。

屋根にハシゴを立てかけるのだが、立地のため立てかける角度が85度だった。勿論親にはしごを抑えてもらっていたのだが全く信用ならないし「えっ今風にあおられたら死ぬやんけ」みたいなことを考えていたら昇る途中で体がカチンコチンに固まって動かなくなってしまった。重心をなるべく前にしようと体をハシゴにべったりくっつけていたら親につっこまれて笑われた 狂気

らくがきをしよう!

折部やすな

キルミーベイベーは高校生の時よく観ていた やすなのデザインがシンプルカワイイで好きじゃった

でもやすなというキャラクタはキルミーベイベーという解像度の低い世界に存在しているからこそ成り立っているのだろうなという思いがある すこしでも世界の解像度が高く、しかもそれがわれわれの現実世界に近いものだったらと思うと恐怖じゃ 二次創作ではそういう解像度を上げたときに生まれる悪いナニカがよく描かれている

あとアニメだとわりと常識的な倫理観を備えているキャラクタとして描かれているが漫画だとストッパーのないやばい人間になっている 何を考えているのかわからなくて突発的に起こすソーニャ破壊行動が怖い キャラクタとして空白すぎる 

漫画版のやすなが絵を描くと、何を描いても必ず肉塊にしかならないという設定もホラーじゃ 沙耶の唄のように認識がずれていそう ソーニャもでかい肉の塊だと思ってそう この設定がなんでなのかわからな過ぎて恐 これをギャグとして処理するのは無理があるだろう このほか「作者は元々リョナやグロカワが描きたかったんやろな」と思わせるようなコワ描写がいくつかあって漫画版は全体的にシュールで独特な雰囲気をまとっている

ダイワスカーレット

一転して解像度が高いキャラクタである こう解像度が高いとキャラクタに寄せるのが難しくたくさん書き込んでしまった

ウマ娘のダイワスカーレットは現代版のツンデレの代表的キャラクタという印象がある 現代版のツンデレはツンデレの系譜をもつが、それはもはや元のツンデレではない お母さんといったほうが正確かもしれない

ツンデレには大まかに三つの種類がある 

一番古いギャルゲ型ツンデレの女の子は、ながーい時間をかけて本当に心底主人公が嫌いあるいは興味のないツン状態から、デレ状態へ遷移する 

二つ目はラブコメ型ツンデレ これはわりと直ぐに主人公に好意を持つが、主人公が好きという気持ちをうまく表現することができず、ツンとデレが交互に現れるタイプのツンデレ

三つ目はSNS型ツンデレ ツンからデレ状態への変遷が序盤で終わるタイプのツンデレ ツイッタの漫画ではこのタイプのキャラクタが多い

そして短期間のゲームを繰り返しプレイすることを要求するウマ娘のキャラクタ、ダイワスカーレットはラブコメ型とSNS型ツンデレの中間的なポジションにあるツンデレキャラといえるじゃろう。ちなみに古典的ツンデレとラブコメ型の中間にはハルヒがいる

ツンデレ性にもグラデーションがある

ツンデレのトレンドをみると、コンテンツが短くなるに伴ってツンの全体に占める割合が減少する傾向にあることがわかる。ダイワスカーレットもゲームの性質的に仕方ないとはいえツンが足りないと感じる。ツンが柔らかすぎてもはや優しいお母さんじゃ

ツンが柔和されキャラクタが暴力を振るわなくなっている 暴力が許されるのはゴルシやそれこそキルミーベイベーのような狂気的な演出だけになっているような ううーむ ラーメン

親に薦められていたSF韓国ドラマをみた

「今が2019年9月である」世界に存在しているヒロインと、「今が2019年10月である」世界に存在している主人公とがお互いに連絡を取り合い、主人公より一か月前に生きているヒロインがイレギュラーな行動を起こすことで、主人公の時間軸で次々と起こる惨劇を回避していくという話じゃった。

過去と今とを接続することで、直面してしまったバッドエンドを回避していくという話 こうしてみると、物語の構造が殆どノベルゲームの構造と一致することがわかる

バッドエンド⇔過去に戻ってやり直す(未来の情報を保持)→トゥルーエンドというプレイヤが経験するゲーム体験の流れを、そのまま物語の構造に据えてきたような作品  最近こういうメタっぽい作品をよく見かけるような気がするのう 

メタ的なストーリーが流行ったのってノベルゲーが流行したこととなにか関係があるのじゃろうか?

前の島根観光の影響で、ヤバ道のドライブ動画をみることにはまっている

面白いけど、こうして映像でみてると死を感じられずあまり怖くないんだよな。テレビとかでやってる恐怖映像100連発とかで演出されるような安っぽい恐怖しか感じない。やはりその場に実際に行って、実際に死ぬかもしれないという臨場感を伴わなければ本当の恐怖を感じることはできないということじゃ。ジェットコースターに近い怖さかも。ジェットコースター乗ったことないけど

絵を修正する

絵を描こうという心持ちになった 最近絵を描くモチベーションが上昇しているような気がする(デジャヴ) 第一に麻雀をやらなくなったからで、第二に現実から目を背ける角度が増してきたためではないかと推測。

儂はキャラクターの絵を描いているとき今自分は絵を描いているんじゃなくて絵を修正しているなと感じている。一般的に絵を描くといえば妄想を働かせる創造的な行為というイメージがあるが、儂はそんなに高度なことをしていない。それは儂がシチュエーションの絵ではなくキャラクタ単体の絵を描いているからというのもあると思うが、それとは別に儂の絵の作り方に大きな原因があると思う。

儂は絵(キャラクター絵)をだいたい以下の手順で作る。

キャラクターを決め、下書きをあまり思考せずぐちゃぐちゃに描く
下書きを元に色を適当に置く
適当に色の形を変える。変更後の絵が儂の良くなった判定に引っかかれば採用し、駄目なら棄却するを満足するまで繰り返す。はじめ、変更の振れ幅を大きくしておき、繰り返すごとに小さくしていく。
色の境界に線を引く。

1,2,4はほとんど何も考えずにできるので、儂にとって『絵を作る』ことの本質は3にある。そしてこれは『絵を修正する』ステップだと表現しても差し支えないじゃろう。だからこれらひとまとまり行為をわざわざ創造的なニュアンスを含んだ『絵を描く』と表現するのにはいささかな抵抗があり(いささかって何だ?)。

ところでこうして書き出してみると、3はコンピュータが簡単にやってくれそうな気がしてくるな 実際には儂が絵に対して感じる良さを定量的に評価する必要があるので、そこらへんをウニャウニャ学習する必要があるんじゃがね 学習するんじゃなくて直接脳からその人の絵の評価基準を取り出してくれたら楽ちんなんじゃがね それができないなら、脳に直接絵の信号を送ってフィードバックを高速に取得出来たらまさしく脳をコンピュータのように使えて良いんじゃがね(電気信号の速さ的に無理か)

修正を重ねているうちに何のキャラクターなのかわからなくなってしまうことがしばしばある。上の絵も何のキャラクターなのか言わないとたぶん誰も気づかないじゃろうな

ツイッタで東方人気投票をやっていることを知った。せっかくなので投票 前儂が投票したのが中学生の頃だからだいたい6年ぶりじゃ…… 

ちなみに投票したのは霊夢、ルナチャ、夢美、村紗 霊夢は毎回投票していて、ルナチャはそのときちょうど絵を修正していたから。夢美は最近ゆみみみっくすの動画を見たからで、村紗は名前がかっこよかったから。村紗水蜜って名前が格好よすぎんか?雲居一輪も良くて、名前枠をどっちにするか少し迷った

島根神社紀行

夏休みなのでどこか旅に行きたいやねえと思い、M氏O氏らいつものメンバを誘って島根に行くことに。せっかく遠くへ行くんだし三泊くらいしようという流れで、島根だけでおおよそ三日を潰すというなかなか贅沢な旅行が決定した。

自殺、流血、希死念慮

前に伺か風のツイッタクライアントを作り、これでタイムラインをぼうっと眺めている時間が減るとよかろう!という話をした

意に反して、ツイッタを眺めている時間は爆増している なぜか? 

せっかくだし表示するツイートにもっと多様性があったほうがいいじゃろと思って、リストに追加するアカウントを探しているからです

フォロワが多い絵描きやおもしろツイッター人間のような 才能や社会性があるアカウントだけでなく、フォロワ数が少なく独り言の多いアカウントも追加するようにしている 

だがフォロワが少なく良さげなつぶやきをしているアカウントを探すのは難しく、あと単純にいろんな人のつぶやきを見るのが楽しくて見入ってしまい時間を取られている

あんまり無差別にアカウントを追加していると時々やばいツイートを拾ってしまうことがあるので、塩梅がなかなか難しい 特にグロいツイートは嫌で、昨日今日だけでリストカット画像と超流血グロ画像を拾ってしまいうぎゃーとなった

 

フォロワが多く才能やコミュニケーション能力があっても精神的に不安定な人間はけっこういて、いつもは穏やかなツイートをするけれど急に自暴自棄になって自傷、自殺未遂、グロ絵を連投するアカウントはけっこうある

まあこれもインターネット多様性の一部だから(?)、グロとの遭遇もある程度は仕方ないことやね センシティブ設定はしてほしいけどまあ自分だったらそんな設定をする余裕ないだろうな

儂はグロがかなり苦手で見るたびにかなり不快になるのだけれど、精神が不安定な時は自分からそういうものを見に行ってしまう癖がある 苦痛は嫌だけど死は魅力的じゃ

インターネットは調べようと思えば簡単に死にアクセスできてしまうので危険 twitter、fc2、ニコニコやyoutubeとかに自殺配信動画とか、死の動画がたくさんうpされている 見ると不快になるとわかっていてもなぜか何度も見てしまうのでよろしくない

見つけたらちゃんと報告しようね

インターネットでグロといえば、小学生の頃に「検索してはいけない言葉」をガンガン検索して、友達と内容をシェアするという不快合戦をしていたのが懐かしい思い出じゃ グロに耐性ある自分かっけー!の精神で検索しまくっており、割と周りの人間もそんな感じでノリノリだった記憶

小学生のインターネット利用は制限したほうが良いにょ!